脚本3・9
ベッドにじっと腰かけている中尉。月明かりで顔の半分だけ浮き上がっている。不意に立ち上がると、とある引き出しをあけて何か取り出す。月光に鈍く光る鋏。
伍長と軍曹、老人を前に、 伍長「どんなやつでもええ、浮かぶ舟はないんか?」 老人「だからいうとるじゃろ、一ちょだけありはしたが、町の組長さんが乗っていったわい」 軍曹「他にはなんもないんんか。漁師やろうが」 老人「とうぶん漁もしとらんけぃ、全…
盃の酒をぐーっと飲み干す中尉。盃を置いて立ち上がると中隊長に向って 中尉「では失礼します」 と軽く敬礼。 中隊長「うん。しっかり寝とくことだ。一応〇六〇〇離陸にしておこう」 中尉「はっ」 と出て行く。見送って、中隊長の隣に腰かけている組長、 組…
子供達とベン、座り込んでしまっている。その回りを元気に走り回る仔犬。泰助、濁流に石を投げ込んでいる。 二郎「アメリカも考えないやっちゃ。せっかく兵隊さん、助けちゃろいうのに」 徹「今日に限って、爆弾、落としていくんやからなあ」 ベンは子供達の…
橋げただけ残ってあとは消えてなくなっている。雨のせいで泥にごりの水が、ごうごうと流れている。近くの草木も焼け焦げている。(F・O)
徹と泰助が先頭で駆け上がってくる。次々にはあはあ言って膝に手を合てがいながら登ってくる子供達。一様に向こう岸を見つめて立ちつくす。
一行、さすがに疲れてとぼとぼ歩いている。深夜だが月明かりでかなり明るい。 徹「良ちゃん、あとどのくらい歩くん?」 良介「この土手の向こうの向こうだよ」 徹「ほんとか……着いたんか!」 と駆け出す。あとを追う子供達。ベンはゆっくり走る。
兵隊二「へー車が消えたんか。どうりで軍曹殿が慌てよったはずじゃあ。しかし車が消えるたぁな。村役さん、村に車を動かせる奴、おるんか?」 村役「そりゃ、なんがなんでも居【お】らんですたい」 一同、うーんと考え込む。 兵隊二「子供が車を動かせるはず…
伍長が町の人をつかまえて聞いている。 伍長「出会い橋を渡らんで飛行場へ行くにはどうすりゃええか?」 町の人「ん……そりゃ浜行って漁師に舟、借りれりゃ早いけんどなあ……」
兵隊一「とまあガキにこんな[め]に合わされたのよ」 兵隊四「ほう……いや、わしらもなあ、ガキといやあ妙なことが……」
焼け焦げた家々の間を馬に乗ってとぼとぼ行く伍長と軍曹。まだなおあとかたづけに右往左往する町の人々。
兵隊四人、晩めしを出してもらっている。供仕をする村役夫人。少しはなれて座っているのが村役。 村役「町はひどうやられましたなぁ」 兵隊四「よりによって我々が銃座に着いとらんときに来よる。奴らも卑怯なもんよ」 この大見えはちょっと気まずく、一同、…
たき火を囲んで八人。良介の隣りに座っている徹が 徹「どして良ちゃん、壕へこなんだん?」 良介、うつむく。 徹「俊ちゃん、どして?」 俊夫、助けを請うように良介を見る。 徹「何【なん】ぞ悪さしよう思うとったんやろ?」 ますますうつむく良介。その頭…
明かりを消して月明かりで木彫りをしているごろじい。口を真一文字に結んで表情が厳しい。(F・O)
浪子がいろりばたで縫い物をしている。 開け放した勝手口から孝の母が入ってくる。上がり框【かまち】に腰かけながら 孝の母「やっとおさまったようやねえ」 浪子「ええ、今日のは威嚇やなかったみたいやねえ。……孝【たか】ちゃんもうちの子らと一緒に行った…
兵舎の入り口で中隊長とさきほどの隣組の組長が立ち話。 組長「はい、そうなんではありますが、しかし、子供があそこまで、うそはつけんと思いまして」 中隊長「あれだけ捜索して見つからなんだものを小学生のガキがとりこにしたと言うのかな?」 組長「はあ…
たき火を燃やしているベン。少しはなれて良介と俊夫が座っている。パチパチ燃える火。良介、砂に何か指で書いていたが、急に座りなおすとベンに向って土下座する。 良介「ごめんなさい」 俊夫も座りなおしたところを、おまえもというように頭を押えつけ、土…
浪子、戻っている。上がり框【かまち】に腰を下ろし、頬杖をついて考え事。はっと気付いてかまどの方へ立つ。吹きこぼれて消えかかっているかまど。(F・O)
すっかり暗くなっている。あちこちでまだくすぶっている。消火の■■■■■■■ができている。泰助と孝と二郎と正雄、路地のところまでやって来る。真っ黒に焦げた荷と荷車。一同、一瞬、立ちすくむが、泰助は燃えかすを引っかき回し始める。徹は壕から壕へと良介と…
村の人達、ところどころ赤く燃えている町の方を見下ろしている。心配そうな浪子さんもいる。夕日が落ち切って水平線だけ
俊夫が泣き出している。良介、どうしてよいかわからない。あちこちで焼け落ちる家々。二人、道路の真ん中に座わり込んでしまう。突然二人の脇を抱える大男。ベンだ。二人を起こすと大声で、 ベン「Follow me !」 とどなる。胸に吊った箱からは仔犬が顔を出し…
ここもすごい煙。泰助と徹が目を凝らしている。煙の切れ目に遠く良介と俊夫が見える。俊夫が良介にすがりついている。 泰助「徹ちゃん、あそこや」 と駆け出そうとするが目の前に家が焼け落ちてくる。
外で村人達の騒ぐ声。空襲じゃーとか、燃えよるぜーとか言って走っていく。浪子、勝手口から飛び出して行く。前の道を軍馬に二人乗りした軍曹と伍長が一目散に駆けていく。 ぐつぐつ煮立っているおかま。
ベン、筵をはらって起き上がると上空にむかって手を振って叫ぶ。 ベン「Stop it ! Fly away !」
良介と俊夫、路地のところまで駆けてくる。三十メートルほど遅れて追ってくる組長。ヒューと爆弾の落ちる音。 組長「いかん、今日は本物や。おまえら早う壕へ……」 そこでドカンと焼夷弾が落ちた音。火柱が上がる。続いてドカン。組長、行手を火と煙に阻まれ…
徹が人ごみをかきわけて出て行こうとする。 婦人二「どこへ行くんぞな。まだ警報は止んどらんのぞな」 徹「いとこがおらんのや。一緒に居【お】ったいとこが居らんのや」 婦人一「組長さんが見回って他【ほか】の壕へ入れとるはずじゃ、今日あたり、ちぃと爆…
良介と俊夫が見回りをしている隣組の組長にまとわりついていく。 良介「なあ、ちょっと来とくれよ。敵兵をとりこにしとんじゃ、なあ、そこの路地じゃ、なあ」 組長「このくそ忙がしいときに何を言いよる。早よう壕へ入らんか。おまいらの兵隊ごっこにつき合…
婦人一「ちぃと見ん顔ぎりじゃが、どの辺のうちの子じゃ?」 正雄「大谷から来たんです」 婦人二「子供ぎりでか?」 一同、うなずく。 婦人二「まあ、どうじゃろか!こんな小まい子らが大谷から来た言うとるが、なあ小父【おい】さん」 と言われた老人、耳が…
夕やけが赤く沈みかけている。 突然鳴りわたる空襲警報。 急いで防空壕へ入る人々。 泰助たちは荷車を引いてうろうろしている。 婦人一「あんたら、何しよんぞな。早よう、早よう」 と共同壕の方へ呼んでいる。 遠くから聞えてくる飛行機の爆音。 泰助と徹が…
かまどに火をおこす浪子、じわっと炭に火がともる。