脚本3・9

72 長屋の外

すっかりチョコレートの味をしめた二郎、荷車の筵【むしろ】をちょいととってみる。すやすや眠っているベン。二郎、筵をそっと戻します。雲が透き、夕焼けで赤くなっている空。もうあたりはかなり暗くなってきている。(F・O)

71 良介の家

なおも話し続ける孝。 孝「な、こういうのを敵【かたき】というんよ。な、それで、父ちゃんとられたとこまでは一緒や。でもな……そこに居るアメリカ兵がじかに殺【や】ったんとは違うやろ。それどこか、いやいや戦争にとられとんや。な、わかる?」 徹「わか…

70 長屋の外

すっかりチョコレートを舐めきった二郎。口のまわりと手が茶色。水を飲もうと井戸の水を汲む。

69 良介の家

まだ黙々と握り飯を食っている俊夫。その横で急に大きな声で、 良介「そりゃ、敵【かたき】やないか!父ちゃんの敵【かたき】や」 徹「(懸命に言い聞かせるように)そらぁ、違うで。そらなぁ……なぁ、孝ちゃん」 孝「うん。あのね、敵【かたき】いうのはやね…

68 村――四つ辻

ばったり出会う伍長一行と軍曹。 伍長「(びっくりしてあわてて敬礼をして)どうされました、軍曹殿。供出米を運んでいかれたのでは……」 軍曹「いや……車が故障じゃ。伍長こそどうした。アメリカ兵生き残りの噂の真偽はつかめたか」 伍長「はあ、それが、……」…

67 良介の家

良介とその弟、俊夫が夢中でごろじいの作った握り飯を食っている。それをながめている四人。 徹「なんや、あてがはずれたなぁ。おおかた一【ひと】月も白い飯、食うとらんのじゃと」 孝「臨時収入があって助かったね」 徹「あんまり急いで食うなよ、つっかえ…

66 町――ある長屋の裏口

荷車が置かれている。初めのように供出物を運んでいるように見える。筵【むしろ】でふたをされた木の箱の中からくんくんと仔犬の鳴き声が聞こえる。近くの井戸端に腰かけて見張っている二郎。チョコレートをとり出して(ぐにゃぐにゃになっているので仕方な…

65 神社の門、すなわち一本道のところ

例の軍馬が瓶【かめ】にたまった水を飲んでいる。三人、とり囲んで 兵隊三「こりゃ、うちの隊のです。確か伍長殿が引いていかれた……」 兵隊四「そうじゃ、しかしなんでこんなとこに……あっ」 と彼方を見やって口をぽかんとあける。 軍曹も兵隊三も同じくぽか…

63 (F・I)一本道

しとしと降り続く雨の中をトラックが行く。運転しているのはベン。助手席に泰助と孝が乗っている。残りは、荷車ごと荷台の中。仔犬も箱に入れられてのっているが、車の振動のせいかおとなしい。徹、兵隊のリュックを開けて弁当箱をとり出す。そーっと開くと…

63 (F・I)一本道

しとしと降り続く雨の中をトラックが行く。運転しているのはベン。助手席に泰助と孝が乗っている。残りは、荷車ごと荷台の中。仔犬も箱に入れられて のっているが、車の振動のせいかおとなしい。徹、兵隊のリュックを開けて弁当箱をとり出す。そーっと開くと…

62 一本道、やぶのところ

かなり雨足が弱まっている。泰助と徹のあとを兵隊二人と傘をさした軍曹が続く。やぶの中の孝に合図する泰助。兵隊四が急に喋り出すので泰助、どきん。 兵隊四「ついとらんなぁ」 兵隊三「いや、全く。しかし、中尉殿には、この雨は天の恵みかもしれんぞ。こ…

61 一本道

トラックがぬかるみから出ている。兵隊は荷やタイヤを確かめている。 軍曹「世話かけたな。もちと景気がよけりゃ小遣いでもやるんやが、……まあこれで我慢せいよ」 といも二つを泰助に渡す。そのいもをお手玉しながら、 泰助「この雨じゃあ、また落ちるよ。ど…

60 一本道

二人、トラックから十メートルぐらいのところまでくると急にぶらぶら歩き出す。轍【わだち】を泥水が川のように流れている。二人、様子をうかがいながら近づく。エンジンのうなる音。タイヤがすべる音。泥水が飛び散る。 徹「手伝おか、兵隊さん」 とエンジ…

59 やぶの切れ目

泰助と徹と孝が様子を見ている。 遠くに見えるトラック。どうやらぬかるみに入って立ち往生しているらしい。二人で後追ししている。 三人頭を付き合わせてしばらく相談。孝が肩をはずませて二人に策を授けている。 泰助「じゃ、あと頼む」 と徹と二人で一本…

58 村のはずれ

どしゃぶり。一行はやぶを抜け、見通しのよい一本道に出る。先頭をきっていた徹が急に梶棒を持ち上げブレーキをかける。全員おもわずつんのめる。 遠くにトラック(幌付き)が止まっている。どうみても軍のもの。一行、一言も言わずに方向転換。やぶの中へ荷…

57 柳の木のところ

すごい降りに、繋がれていた軍馬が驚いて跳ね回る。繋いであった道しるべの杭が折れて、軍馬、一度思い切りいななくと、雨を突いて駆け出す。 無残に折られ、用を為さなくなった道しるべの下半分にたたきつける雨。

56 畑の中の道

低く低く飛んで、ときどき畑に口ばしをつけて虫をとる燕。それを見ながら、 徹の祖母「こりゃ、すごい降りが来るで。兵隊さん、あんたらも早うどこぞへ……」 先程の兵隊三人が徹の祖母をつかまえて質問している。 伍長「まだ雲はすいとるぞ。晩まで保【も】つ…

55 ごろじいの家の前

泰助が一番に飛び出してきてあたりを見回す。一層雲が多くなってきている。 泰助「(納屋に向って)ベーン」 弁当を抱えた徹、箱をかかえた正雄、孝、二郎、と出てきて、最後にごろじいが出てきたときに、ベンも仔犬を抱いて納屋から出てくる。仔犬を泰助に…

54 (D・I)飛行場の司令室

壁にはられている地図。九州を中心に、沖縄、フィリピンと続く。やはり線がたくさん引かれている。 部屋の真ん中の椅子に座って地図をぼんやり見ているのがここでは一番偉い中隊長。人の足音がして整備兵がやってくる。 整備兵「(敬礼して)報告します。九…

53 (F・I)ごろじいの家

少し曇ってきているせいで少し暗い板間の片隅に二郎がぺったり座わり込んでいる。徹が駆け込んでくる。 徹「(息をはぁはぁつきながら)みんなは?」 と二郎に聞く。二郎、放心したまま、 二郎「まだたい」 とつぶやく。 徹「なんや、また、腰、抜かしとんの…

52 山の頂

二郎、箱を置いてはぁはぁやっている。はっと振り返るとそこには伍長が立っている。二郎、じりじり後ずさり。後がなくなったとき、伍長の後ろにしのび寄ったベンの一撃。伍長、がっくり膝を折って倒れる。二郎、腰が抜けて、その場に座り込む。(F・O)

51 谷川

ここまで逃げてきた泰助。そのまま飛び込む。岸まできて地団駄を踏んでいる兵隊。

50 茂みの中

逃げる徹、追う兵隊。山を走り慣れた徹の速いこと。

49 谷間の道

道の両側に腰の高さぐらいの草がうっそうと茂っている。並んで歩く兵隊。一人が箱を抱えている。蝉が一匹、木から木へジジー、と啼いて飛び移る。それに兵隊二人、気をとられる。とたんに地面に置かれた蔓【つる】がピンと張る。もんどりうって倒れる兵隊。…

48 くぼ地

正雄とベンを取り巻いている四人。正雄が仔犬を抱いている。 正雄「こいつが飛び出していくもんやから二人で追っかけたんや。危のうかった」 徹と二郎と孝、ベンをまじまじと見ている。ベンが笑いかけたのに応えて、徹、右手を挙げ、孝、微笑み、二郎、無理…

47 茂みの中

目だけ出している泰助、 泰助「兄ちゃん、どしたんやろ」 そのとき後ろから木の枝が飛んできて、四人の前に落ちる。いっせいに振り返る四人。かなり後ろの方に正雄とベンが伏せっている。

46 ほら穴の前

日本兵が一人、立って辺りを見回しているところへ、もう一人ほら穴から例の箱を抱えて出てくる。二人して辺りの様子を探っている。

45 茂みの中

下の方にほら穴が見える。入り口が開いたままになっている。横倒しになっている木のかげから四人が頭だけ出してのぞいている。木漏れ日が揺れる。 咄嗟に三人、二郎を残して頭を下げる。 二郎、遅れて、慌てて、頭を下げる。

44 山道の終わり

馬が一頭、木の枝に繋がれている。回りを歩き回っている四人。徹が馬の腹を手慣れた手つきで触って、 徹「ええ馬やなぁ。こんなええ馬、ここら辺じゃ、ちょっとお目にかかれんぜ。(よじ登る感じでまたがる)こりゃ、軍馬かな」 泰助「軍馬やて、そりゃ事じ…

43 ほら穴

寝ころがっているベンと正雄の上を舐めずりまわって遊んでいる仔犬。正雄はベンの地図を拡げてみている。 仔犬、突然、殺気立つと入り口の下を擦り抜けて出て行く。慌てて追いかける正雄、ベン。