1 昭和二十年七月 九州

森の中

杉が生い茂る山の斜面を正雄とその弟、泰助が前後して歩いていく。手に虫取り網、腰に虫籠、背中に布の鞄。夕暮れが近い。正雄の踏んだものをその通りに踏みつけていく泰助。山[ばと]がぽーぽー鳴いている。泰助、立ち止って水筒の水を飲み干す。走って正雄に追いつく。

泰助「なんか残してない。腹減っちゃったい」

正雄「あるわけないやろ、ほらぺったんこや」

と鞄に手を回して押えてみせる。

先を急ぐ二人、山道は歩き馴れているようだが疲れている様子。[ふわふわ]と二人の頭上を大きい、鮮かな色の蝶が飛んでいく。ぽかんと口を開けて立ち尽し……それ、とばかりに追う二人。少し追うと蝶がUターンして二人の方へ向ってくる。

正雄、網を振り上げる。

泰助「兄【にい】ちゃん、兄ちゃん……」

と正雄の腕を掴む。正雄、それを振り払って勢いよく網を振りおろす。空を切る網。二人は蝶を見失ってきょろきょろする。

泰助「また失敗や……」

正雄「黙れ、動いたらいかん」

泰助の頭の上にとまっている蝶。泰助もそれに気付いて身を堅くする。正雄、網を振り上げる。

遠くから飛行機の音。近づいてくる。上を見上げて見渡す正雄。早くしろという顔の泰助。網の柄を握りなおした正雄が気合いをこめて振りおろした瞬間、一陣の風が吹き抜け、蝶は飛び去る。網が泰助の頭をすっぽり包む。木の上をすれすれで黒煙をあげて飛ぶ米軍機。急いで網から頭を抜き、飛行機を追って、もと来た道を全速で駆け出す二人。