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9 (F・I)森の中

とぼとぼ引き返す二人。

泰助「死んじゃったかなぁ」

正雄「落ちる前に逃げんとなぁ」

泰助「日本の飛行機とちがうね」

正雄「おぉ、ありゃ、おおかたアメリカのぉや。町で空襲警報なったとき見たんとおんなじや。」

しばらく黙ってうつむいて歩く二人。泰助、何か言おうと顔を上げたとたん奇声を発する。目が一点に釘付けになっている。泰助の視線を追う正雄。

木の枝に落下傘が引掛かって、兵隊が気を失ってぶら下がっている。斜面を駆け上がって兵隊の方へ近づく泰助。正雄は急いで大きな木の陰に隠れる。

正雄「はよかくれんか」

とささやき声。泰助は網の柄で兵隊をつつこうとしている。少し届かない。近くにあった木の枝をとり、狙いを定める。

正雄「あほう。やめんか」

泰助、かまわず投げる。正雄、目を覆う。見事に命中する枝。

兵隊の顔には血がこびり付き、すすけてまっ黒。少しずつ気が付いて目を開ける。

泰助「生きとる。兄ちゃん、生きとる」

兵隊、泰助に気が付くが、泰助の網の柄を銃と見間違えて、両手を上げて何か叫びながら打つなの仕種【しぐさ】をする。揺れた兵隊のからだは、除々に下がり、ついに落下傘が裂けて、地面に落ちる。

駆けよる泰助。正雄は木の陰からのぞいている。うつ伏せになっている兵隊を泰助が満身の力をこめて仰むける。のぞきこむと、兵隊はゆっくり目を開く。相手が子供とわかり笑いかける。胸にUS・NAVYの章。

泰助「来て見ィ。兄ちゃん、来て見ィって」

おそるおそる出てくる正雄。兵隊は観念した顔付きで深呼吸している。二人して兵隊の頭もとに、膝をそろえて座り込む。

泰助「ひどぉけがしとる。血だらけや」

まだ恐ろしくて口のきけない正雄をよそに、泰助は鞄から手ぬぐいと水筒をとり出し、手ぬぐいを水に浸そうとする。しかし、水は飲み尽していてないので、正雄の鞄を開けて水筒をとり出す。正雄は黙って兵隊の頭から足の先までながめ回している。武器らしいものはない。ただ首から大きな箱を釣っている。泰助、兵隊の顔を拭きながら、

泰助「先生さぁ、鬼畜米英だとか言いよったけど、あれ、うそやな。鬼ならどうしたって、[つの]があるもんや」

正雄「うぅん……」

と合い槌を打ちかけるが、兵隊が腕を動かしたので、びっくりして飛びのく。兵隊は胸ポケットに手を入れ何か探して、逃げない泰助に銀紙の包みを渡す。泰助、ひねり回してから銀紙を開け始めて、

泰助「兄ちゃん、これなんやろ。やわらかいよ」

正雄、視線の半分を兵隊に向けたまま包みをのぞき込んで、

正雄「こりゃ毒やぞ。この色見てみィ。食うたらコロリとおっちぬぞ。おれはそう睨んだな。」

正雄が言い終わらないうちに、泰助は包みの中味、すなわちチョコレートにかぶりつく。兵隊がそうしろと仕種で示している。あっけにとられる正雄。泰助、一緒に口に入った銀紙をとり出しながら、

泰助「うん、こりゃ甘い。兄ちゃん、うそやない。このキラキラ紙は食べれんけど(もう一口かじって)こりゃ甘い。こんな甘い毒があるもんか。兄ちゃんがどう睨んだってこりゃ菓子や」

と半分ちぎって正雄に渡す。正雄、気味悪そうに銀紙をはがして少し舐める。

正雄「ほんとや、砂糖みたいや」

とかぶっと一口噛みつく。口のまわりを茶色にして食べる二人を微笑んで見ている兵隊。(F・O)