49 谷間の道

道の両側に腰の高さぐらいの草がうっそうと茂っている。並んで歩く兵隊。一人が箱を抱えている。蝉が一匹、木から木へジジー、と啼いて飛び移る。それに兵隊二人、気をとられる。とたんに地面に置かれた蔓【つる】がピンと張る。もんどりうって倒れる兵隊。箱を投げ出した位置には、ちゃんと柔らかく草が盛ってある。

孝の声「今や、二郎ちゃん!」

二郎、草むらから飛び出すと箱を胸に抱えて走り出す。兵隊二人、起き上がったところに、草むらの中から、ブーンと棒が振られて、向こう脛【ずね】を直撃。これはとても立ってはおられません。うめいて、転げ回る大の大人が二人。

走る二郎、はっと顔を上げると向こうからいま一人、兵隊(伍長)がやってくる。立ちすくむ二郎。

やっと起き上がった兵隊、二郎を追って、びっこを引いて走り始める。草むらから飛び出た三人、これに取り付く。兵隊の一人、何事かと小走りでやってくる伍長に気付く。

兵隊「伍長殿ォ、そのガキを掴えとって下さーい」

二郎、進退きわまっておろおろする。斜面を上がった所から見ていた正雄、大声で、

正雄「二郎!上や、上へ登れ」

二郎、なおもおろおろしている。

正雄「ほら行け!」

と仔犬をはなす。一直線に二郎に向って駆け降りる仔犬。きゃんきゃんという啼き声に二郎振り返って、まっ青。全速力で斜面を駆け上がる。

まだ兵隊に取り付いていた三人。二郎の行方を確認して、ばらばらの方向に逃げ出す。伍長が二郎を追っているのを見て兵隊二人、三人を追いかける。(以上の間、兵隊の罵声、数多く)