56 畑の中の道
低く低く飛んで、ときどき畑に口ばしをつけて虫をとる燕。それを見ながら、
徹の祖母「こりゃ、すごい降りが来るで。兵隊さん、あんたらも早うどこぞへ……」
先程の兵隊三人が徹の祖母をつかまえて質問している。
伍長「まだ雲はすいとるぞ。晩まで保【も】つわい。それより……」
徹の祖母「あんたら、とうしろうやねえ。あないに燕が低う飛んどるたい。それに山を見ない。すぐそこに、近【ちこ】う近【ちこ】う見えろうが。こりゃ、ひどい降りが……」
兵隊一「(さえぎって)そんなこたぁ、どうでもええんじゃ、ジロウという坊主を知っとんのか知らんのか?」
徹の祖母「この辺は、ジロウという男【ひと】が多うてのぉ。野村のせがれも、高木の家【うち】も、そうじゃ、田吾作の甥っ子もじゃ。……そうそう、どっかの犬もこれまたジロウ……」
伍長「余計なことを抜かすな。背がこのくらいで、(と手の平を腰のあたりにやる)坊主頭【あたま】で……」
徹の祖母「この辺の子供で兵隊にとられとらんのは皆そうじゃ」
兵隊二「埒【らち】があきません。行きましょう」
伍長「では、馬を見なんだか。軍馬じゃから一目で分ろう?」
徹の祖母「(空を見上げて)さぁてのう……」
ポツポツ、そしてボタボタと降ってくる。
徹の祖母「そぉら来おった。馬は見とらん。そこの小屋にでも入れてもらいなさえ。おら、帰るけん」
と平然と歩き始める。兵隊達、舌打ちして、小屋に急いで駆け込む。歩きながら
徹の祖母「徹ら、また何【なん】ぞしでかしよったの」
とひとり言。小屋の軒下の三人、恨めしげに空を見上げている。あっという間にすごい振りになってくる。