101 海岸――漁師の家の入り口

伍長と軍曹、老人を前に、

伍長「どんなやつでもええ、浮かぶ舟はないんか?」

老人「だからいうとるじゃろ、一ちょだけありはしたが、町の組長さんが乗っていったわい」

軍曹「他にはなんもないんんか。漁師やろうが」

老人「とうぶん漁もしとらんけぃ、全部、浜の上の方にあげとるんじゃ。二人や三人ぐらいじゃ引き下ろせんで」

伍長と軍曹、天を仰ぐ。真上あたりにお月様。

100 兵舎――壮行会の席

盃の酒をぐーっと飲み干す中尉。盃を置いて立ち上がると中隊長に向って

中尉「では失礼します」

と軽く敬礼。

中隊長「うん。しっかり寝とくことだ。一応〇六〇〇離陸にしておこう」

中尉「はっ」

と出て行く。見送って、中隊長の隣に腰かけている組長、

組長「じゃあ、そろそろ私も……」

中隊長「まだよかろう。こんなことでもなけりゃあ酒も飲めまい」

組長「いや、舟で帰らないかんもんで……」

中隊長「舟?どしてまた舟なんかで?」

組長「ありゃご存じなかったですかい。橋はすっ飛ばされましたとです」

部屋にいた兵隊達、急に話をやめる。

中隊長「橋がや?のうなったてや?」

兵隊「どうりで村の方へ行った連中が戻らんはずじゃ」

99 (F・I)土手の上

子供達とベン、座り込んでしまっている。その回りを元気に走り回る仔犬。泰助、濁流に石を投げ込んでいる。

二郎「アメリカも考えないやっちゃ。せっかく兵隊さん、助けちゃろいうのに」

徹「今日に限って、爆弾、落としていくんやからなあ」

ベンは子供達の様子を悲しそうに見ている。流れの音、しばらく。

遠くから汽笛の音、とても小さく。泰助、それに気付く。

泰助「良ちゃん、汽車はどの辺通っとるん?」

良介「一里ほど上やけど」

徹「あほう、なんでそれを早う言わん。よっしゃ、行くで」

と立ち上がりかける。

良介「そんでも鉄橋いうてもレールが渡っとるだけやよ。他に何もないけん、汽車で通っても恐しいんや」

二郎「そらいかん。渡りよって汽車が来たら、落ちるか轢かれるかしかないやない」

正雄「ここに居【お】っても渡れんのや、とにかく行ってみよ」

と立ち上がる。

二郎「えー、一里も歩くん」

とこぼす。徹、仔犬を抱き上げて、

徹「そういうことを言う奴には、ほら(と仔犬を二郎に押しつけて)こうしちゃる」

二郎「(少したじろいだが)ふん、もうどうもないよ」

と胸を張る。

泰助「へー、二郎【じろ】ちゃん、やったなあ」

二郎、調子にのって徹から仔犬を受け取り歩き出す。眠そうな俊夫を見てベンがおんぶをしてやる。

96 土手に続く道

一行、さすがに疲れてとぼとぼ歩いている。深夜だが月明かりでかなり明るい。

徹「良ちゃん、あとどのくらい歩くん?」

良介「この土手の向こうの向こうだよ」

徹「ほんとか……着いたんか!」

と駆け出す。あとを追う子供達。ベンはゆっくり走る。