104 線路

孝がレールに耳をあてている。

孝「早よう、急げ、急げ」

俊夫を除いたみんなで燃えそうなものを集めている。ベンがライターと紙きれを使って火をつける。

孝「よっしゃ、みんなこっちや」

と鉄橋とは逆の方へ駆け出す。一同、百メートルほど走るとレールの脇の草むらに身を隠す。

103 倉庫

尾翼にOB-109と掻かれている機体にゆっくり近付いていく中尉。なるべく音をたてないように翼に登り、風防をそーっと開け、上半身を突っ込む。そこで懐中電燈をつけ、計器の下の配線の一つを鋏で切ろうとする。その時、倉庫の奥で戸の開く音。中尉、慌てて鋏をポケットにしまう。懐中電燈の丸い光があちこち照らしながら近付いてきて、中尉をとらえる。

整備兵「こりゃ、中尉殿でしたか。何【なん】ぞご用で?」

中尉「(しどろもどろして)昼間、……お守りを落としたようでな。……縁起が悪いから、探しとこ思てな」

整備兵「そらいかんですなあ、私が探します」

中尉「い、いや、今見つけたとこだ」

整備兵「そらよかった。しっかり持ってがんばって来て下さいよ。万事、整備しとりますけん、絶対帰って来て下さいよ」

中尉、翼から降りて、

中尉「ああ。……ここで寝泊りしとんのか?」

整備兵「明日の朝が早いから、裏で寝とります」

中尉「そらご苦労やなあ。……ちっとぼくの部屋へこんか。話がしたいんでな」

整備兵「はあ、かまわんですが、ちょっとばかり待っとって下さい。すぐ来ますけん」

と奥へ戻っていく。中尉、倉庫の外へ出るとポケットから鋏を取り出し、握りしめて――草むらの中へ投げ込む。

101 海岸――漁師の家の入り口

伍長と軍曹、老人を前に、

伍長「どんなやつでもええ、浮かぶ舟はないんか?」

老人「だからいうとるじゃろ、一ちょだけありはしたが、町の組長さんが乗っていったわい」

軍曹「他にはなんもないんんか。漁師やろうが」

老人「とうぶん漁もしとらんけぃ、全部、浜の上の方にあげとるんじゃ。二人や三人ぐらいじゃ引き下ろせんで」

伍長と軍曹、天を仰ぐ。真上あたりにお月様。

100 兵舎――壮行会の席

盃の酒をぐーっと飲み干す中尉。盃を置いて立ち上がると中隊長に向って

中尉「では失礼します」

と軽く敬礼。

中隊長「うん。しっかり寝とくことだ。一応〇六〇〇離陸にしておこう」

中尉「はっ」

と出て行く。見送って、中隊長の隣に腰かけている組長、

組長「じゃあ、そろそろ私も……」

中隊長「まだよかろう。こんなことでもなけりゃあ酒も飲めまい」

組長「いや、舟で帰らないかんもんで……」

中隊長「舟?どしてまた舟なんかで?」

組長「ありゃご存じなかったですかい。橋はすっ飛ばされましたとです」

部屋にいた兵隊達、急に話をやめる。

中隊長「橋がや?のうなったてや?」

兵隊「どうりで村の方へ行った連中が戻らんはずじゃ」

99 (F・I)土手の上

子供達とベン、座り込んでしまっている。その回りを元気に走り回る仔犬。泰助、濁流に石を投げ込んでいる。

二郎「アメリカも考えないやっちゃ。せっかく兵隊さん、助けちゃろいうのに」

徹「今日に限って、爆弾、落としていくんやからなあ」

ベンは子供達の様子を悲しそうに見ている。流れの音、しばらく。

遠くから汽笛の音、とても小さく。泰助、それに気付く。

泰助「良ちゃん、汽車はどの辺通っとるん?」

良介「一里ほど上やけど」

徹「あほう、なんでそれを早う言わん。よっしゃ、行くで」

と立ち上がりかける。

良介「そんでも鉄橋いうてもレールが渡っとるだけやよ。他に何もないけん、汽車で通っても恐しいんや」

二郎「そらいかん。渡りよって汽車が来たら、落ちるか轢かれるかしかないやない」

正雄「ここに居【お】っても渡れんのや、とにかく行ってみよ」

と立ち上がる。

二郎「えー、一里も歩くん」

とこぼす。徹、仔犬を抱き上げて、

徹「そういうことを言う奴には、ほら(と仔犬を二郎に押しつけて)こうしちゃる」

二郎「(少したじろいだが)ふん、もうどうもないよ」

と胸を張る。

泰助「へー、二郎【じろ】ちゃん、やったなあ」

二郎、調子にのって徹から仔犬を受け取り歩き出す。眠そうな俊夫を見てベンがおんぶをしてやる。